「ものづくり」の力で、
活気ある「森づくり」を。

江戸時代、飯能市の名栗地区(なぐりちく)、原市場地区(はらいちばちく)などの入間川上流の村々では、山から切り出した木材を筏(いかだ)に組み、多くの木材を江戸へ流送していました。
江戸幕府開府以降、町づくりや度重なる江戸の大火の復興のために活用され、江戸から見ると「西の川筋から流されてくる良質な木材」という様子から「西川材(にしかわざい)」と呼ばれ親しまれていたと言われています。

大正時代には、それまで筏に頼っていた東京への出荷が鉄道輸送へと切り替わり、時が進み昭和30年代の高度経済成長期に入ると、外国から安価な輸入材が大量に流通しはじめ、全国的に林業が低迷するようになりました。それに伴い、山村の過疎化や林業家の高齢化も進み、林業経営が極めて難しい時代となり、今日に至っています。


西川林業地の森林面積は、約2万haあり、そのうち約8割が人工林です。
飯能地方の森林から切り出される木材は、良質な木材を育てるために苗木を植える「植林」から始まり、間刈り(あいがり)や枝打ちをして木を育てる「育林」、木を切り出す「伐採」、材木を運び出す「搬出」に至るまで、さまざまな技術や知恵、木に対する愛情が込められています。 畑で作物を育てて収穫するように、飯能の山地では山に木を植え、それを丹念に育て、伐採して出荷するという循環を数百年にわたり続けてきました。

この地で代々森林とともに育まれてきたこの大切な営みを、これからも繋ぎ、受け継いでいくことが私たちの使命です。



飯能工民芸は、ものづくりの力で、活気ある森づくりを継承します。